札幌地方裁判所 平成8年(ワ)5203号 判決 1997年6月17日
原告
高橋俊弘
ほか三名
被告
山本邦明
主文
一 被告は原告らそれぞれに対し、各金三〇五万二一六一円及び内金二六五万二一六一円に対する平成元年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告らの請求
1 被告は、原告らそれぞれに対し、各金七七〇万〇四〇五円及び内金七二〇万〇四〇五円に対する平成元年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第二事案の概要
1 本件は交通事故の被害者である高橋ツヨ(以下「ツヨ」という。事故当時八七歳)の相続人四名が原告らとなり、加害者である被告に対して損害賠償及びこのうち弁護士報酬を除いた額について、事故日からの遅延損害金の支払いを求めた事案である。
2 争いのない事実
平成元年一一月一〇日午前一〇時五〇分ころ、小樽市入船三丁目六番先道路において、被告が自己の運転する車両を歩道の内側にある駐車場から歩道を通つて車道に出すに際し、後方をよく確認しないまま後退させたため、歩道上で立ち話をしていたツヨに衝突させ、はね飛ばし、その結果ツヨに、頭部外傷、急性硬膜下血腫の傷害を負わせた。
この事故(以下「本件事故」という。)により、ツヨは入院加療を余儀なくされたが、後遺症が残つた。ツヨは平成四年一〇月三一日に急性腎不全を原因とする急性心肺不全により死亡し、いずれもツヨの子である原告らがツヨの損害賠償請求権を相続した。
3 争点
損害賠償額算定の前提となる以下の三点において争いがある。
(一) 症状固定時期
原告らは、平成三年一一月二八日に症状固定したと主張するのに対し(平成九年五月二六日付準備書面)、被告は平成二年三月七日には、症状固定したと主張する。
(二) 後遺症の程度(労働能力喪失率)
原告らは、後遺障害別等級表の第二級三号(労働能力喪失率一〇〇パーセント)に該当すると主張するのに対し、被告は、同表の第七級四号(労働能力喪失率五六パーセント)に該当すると主張する。
(三) 本件事故と死亡との因果関係
原告らは、ツヨは本件事故による失つた機能を回復するための動作中に骨折し、その入院中に死亡したので、本件事故と同人の死亡との間には少なくとも五〇パーセントの因果関係があると主張するのに対し、被告は因果関係は全くないと主張している。
第三争点についての判断
1 症状固定時期
被告は、甲四号証の小樽脳神経外科医院作成の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書に、「平成二年三月七日時点と平成四年四月八日時点で症状の変化なし。従つて、今後も同じと思われる」との記載があることを根拠に、平成二年三月七日には症状固定したと主張している。これに対し、原告らは、平成二年三月七日から入所したラポール東小樽(以下「ラポール」という。)での入院中は、症状の改善がみられたのであるから、ラポール退院までは少なくとも症状は固定していなかつたとみるべきであると主張する。
この点について、検討すれば、ツヨのラポールへの入所は、リハビリテーシヨンを主たる目的としており(甲三号証)、現に同所では日常生活活動(ADL)の回復訓練を行つた結果、原告ら主張のとおり、ラポール入所時以降、徐々に改善していつたことが認定できる(甲一二号証の三)。しかし、医学的な治療とリハビリテーシヨンとは区別されるべきであつて、甲四号証は、平成二年三月七日以降医学的所見としては、これ以上症状の改善の見込がないことを示すものであり、ラポールにおける日常生活活動の改善とは矛盾しないと考えられる。したがつて、症状固定時期は、平成二年三月七日と考えるのが妥当である。
しかしながら、症状固定後に後遺症の改善のために、リハビリテーシヨンが有効である場合には、相当な範囲でそのために要した費用を損害として認めるべきである。本件においては、神経系統の機能に障害が残り、日常の動作に支障を生じている場合であるから、リハビリテーシヨンが有効な場合であるといえ、ラポール退院までの入院諸雑費は認められるべきである。また、同様の理由により、入院慰謝料は、右期間をある程度考慮すべきである。
2 後遺障害の程度(労働能力喪失率)
被告は、甲四号証の診断書に基づく札幌調査事務所長による第七級四号の認定(乙一号証)が妥当であると主張するのに対し、原告らは、ツヨは起立不自由で、歩行障害があり、随時介護を要し、軽易な労務にさえつくことはできない状況にあつたから、第二級三号が相当であると主張する。
甲四号証をみれば、他覚的症状として、「単独起立不能、介助なし歩行不能、壁つたい歩きが辛じて可能」との記載があるが、同じ症状でも、労働能力喪失率は、年齢や事故前後の稼働状況によつて異なつてくるものである。
本件についてみれば、ツヨは、事故当時八七歳で風呂屋の番台をしていたところ、いかに頑健であつたとはいえ、年齢的にもともと労働能力が高くはなかつたと考えられること、労働内容が自宅での稼働が可能な比較的単純なものであることを考えれば、右障害の状況に照らし、八〇パーセントの喪失率を認めるのが相当である。
後遺症による慰謝料については、高齢の身でありながら、日常の動作にも支障を来たしたことによるツヨの苦痛は大きいが、後遺症による被害継続の長短を考えれば、若年者と高齢者とでは自ずと差があるべきもので、本件においては、この点も考慮し、慰謝料として八〇〇万円が相当である。
3 死亡との因果関係について
ツヨの死因は、間質性肺炎を遠因とし、急性腎不全を近因とする急性心肺不全であり(甲九号証)、本件事故との関わり合いはせいぜい原告ら主張のとおりの因果の流れであつて、本件事故と死亡との間に相当因果関係があるものとは認められない。
4 以上を前提として損害賠償額を算定ずれば以下のとおりである。
(一) ラポールにおける入院諸雑費
一日一〇〇〇円、六三一日 六三万一〇〇〇円
(二) 休業損害
月額七万円の割合で事故日である平成元年一一月一〇日から症状固定日である平成二年三月七日まで 二七万四八〇六円
(三) 労働能力喪失による損害 一八三万五二三二円
症状固定日から三年間就労可能(新ホフマン係数二・七三一、なお、原告ら主張の余命期間全期間就労可能との考えは、採用しない。)。労働能力喪失率八〇パーセント。
(四) 入院慰謝料 三〇〇万円
小樽脳神経外科の一一八日に、ラポールの期間をある程度考慮。
(五) 後遺症慰謝料 八〇〇万円
(六) 弁護士費用 一六〇万円
(一)ないし(五)の約一〇パーセント
(七) 既払額 三一三万二三九三円
(八) 合計 一二二〇万八六四五円
(九) 原告一人あたり 三〇五万二一六一円
第四結論
以上より、原告らの請求は主文掲記の範囲で理由がある(遅延損害金については、原告らの請求に鑑み、弁護士費用を控除した部分に対して認めることとする)。
(裁判官 金子修)